部屋の電球が切れたまま2週間ほど生活して気づいたこと

 

部屋の電球のスイッチを入れてもつかなかった。

 

照明の使用期限が切れていたようで、ホームセンターに行って新しい電球を買って取り換えれば再び部屋は明るくなるはずだった。

 

が…

 

このまま照明が無い生活をしばらくしてみようと、ボクは思い立った。

 

あの時は社会に辟易してお金を使わない生活をしていた学者の本を読んでいた。

 

「金なんて必要ない、自然に身を任せて生きていこう」というヒッピーみたいなものだった。

 

でも学者センセーが金と無縁の生活をするというギャップがボクの中でそれなりにウケて、試してみたいけど、世捨て人になるほどの覚悟が無かったボクとしては、この状況はある種のチャンスだった。

 

結果「部屋がオレに適応させるんじゃない、オレが部屋という自然に適応するんだ」みたいなノリで照明のない生活がスタートした。

 

ひとり暮らしの1K、切れた電球は部屋のメインの照明、テレビは無いので夜になると漆黒の闇。

 

何のことはない。

 

昼間は太陽が出ているから照明は必要ないし、日が沈んで部屋が暗くなったら、そのまま布団に潜って寝ていただけ。

 

2~3日くらいで飽きるだろうという気持ちで始めたけど、まさか2週間も続くとは思わなかった。

 

その2週間というのもイヤになって止めたわけじゃなくて、「別にこのまま続けてもいいけど、友人が遊びに来ることになったから…」という理由で、なんならそのまま続けても良かった。

 

むしろ当時のボクの生活リズムはだいぶ改善されていた。

 

夜の9時くらいに暗くなったら寝て、夜明けの4時とか5時くらいに目覚まし時計を使わずに起床するという、理想的なバイオリズムが形成されていた。

 

自分で勝手に始めておいてアレだけど、なんでボクはあんな生活を2週間も続けられたんだろう。

 

たしかに最初の1~2日目はちょっと苦痛というか、おもしろ半分、オレ何やってるんだろうっていう気持ち半分で夜を乗り切った。

 

しかし5日目くらいから、生活リズムが朝型へと変わっていくのと同時に、自分の中の何かが研ぎ澄まされていくような感覚があった。

 

明かりもない、テレビもない静かな部屋、寝る前の十数分くらいの間に布団の上であぐらをかいて、何を見るでもなく、ただじっとしているという、あるようであまり無いひととき。

 

夜でも昼間のように明るく騒がしい環境で過ごす内にくっついた何かがそぎ落とされて、心が軽くなったような感覚…。

 

瞑想に近いのかもしれない。

 

電球が取り換えられて照明に不自由しなくなって以来、ひさしくあの感覚は味わっていない。

 

けれど、ボクにとってあの心のバランスが整うような感覚はおそらく定期的に感じなければいけないものなんだと思う。

 

人によって必要なこと、合う合わないはあると思うけど、ボクらは「普通」や「常識」を教わって、その通りにすることを期待される。

 

でも、その一部はその人にとって合っていなかったり、場合によっては他のやり方のほうが適していたりする。

 

普通を押し付けられることに疑問を感じることはあるけど、でも実際はそれに反したことを実践するまでのエネルギーは使う気にならない。

 

でもなんとなく気が向いて、誰も見てないところでこっそりやってみたら案外そっちの方が自分に合っていた。なんてことが、世の中多いと思う。

 

自分に合うんだったら、それを恥ずかしがらずにできるようになりたいって思った。

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