日常に埋め込まれた小さな異物「姉飼」

姉飼 (角川ホラー文庫)

 

遠藤徹さんが書いた日本ホラー大賞受賞「姉飼」

 

日本ホラー大賞の選考委員会を以てしても「コレは我々への挑戦か!?」と言わしめたホラー小説界の飛び道具です。

 

この本を読んでいた時、内容にとてつもない既視感がありました。

 

それもそのはず、ボクが高校生だったころ、現代国語にこの「姉飼」が問題文として出されていたのです。

 

問題文にホラー小説を出すって……。

 

と、思いながら読み進めていくと、評判どおり今までに読んだことの無い世界観でした。

 

この4つの短編は、現実とおなじ世界観を設定しつつ日常に小さな「異物」を仕込んで物語を展開させています。

 

たとえば「姉飼」は「姉」という生物がいる設定で、主人公の周りに焦点を当てて物語を進めていき、他の短編「ジャングル・ジム」は意思を持つジャングル・ジムを登場させて人間と会話させたりすることで話が進んでいきます。

 

文中では「異物」の存在は当たり前のように受け入れられていて、「いて当然、在って当然」の立ち位置です。

 

そこが読者を気味悪がらせる効果を生んでいるのだと思いますが、しかしこの作品の面白さはそれに留まりません。

 

この小さな「異物」が投入された世界に住む登場人物たちを描く作者の想像力の豊かさが垣間見えます。

 

小さな異物だけに世界に与える影響は少ない一方、登場人物に及ぼしたわずかな闇を正確に捉えて、じっくりと成長させる過程は見入ってしまいます。

 

一方、すこしずつ緻密に物語が進んでいったと思ったら、ジャングル・ジムがとつぜん女性とバーで飲んだあと彼女の家でベッドインしたり、まさに変則的というか、トリックスターといえる代物だと思います。

 

ところで、この小説は霊の類が出ることはなく、どちらかと言うとグロテスクな要素を強く含んでいるためにホラーとして分類されています。

 

しかし、個人的にはホラー小説とは呪いとか悪霊を軸にしたものをホラーと言うべきであって、グロとかスプラッタを利用して読者を怖がらせる話は入れるべきではないのではないかという気持ちがありました。

 

でないと内臓でろでろの物語だったら何でもホラーになってしまい「じゃあバトルロワイアルもホラーだよね」っていうことになると思ったからです。

 

でもよく考えてみれば、ホラーに分類される作品は、悪霊中心だろうとグロ中心だろうと「気味の悪さ」が漂っていることは共通していて、この本を読んでなんだかんだで一貫しているなという結論に達しました。

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