遊動から定住にシフトした人類は正しかったのか?

 

人類史のなかの定住革命 (講談社学術文庫)

 

「人類史のなかの定住革命」

(出版)西田正規

 

人類史は季節に応じていろいろな場所へ居住地を変える「遊動生活」と、年間を通じて一つの場所で住み続ける「定住生活」の両方を採用してきました。

 

本書は「遊動生活」と「定住生活」の二つの性質を説明して比べながら、どういった経緯で「遊動」から「定住」へ生活がシフトしていったかを詳しく紹介しています。

 

まず念頭に置いていただきたいのが、人類史が始まって以来、何百万年も「遊動生活」をしていたのに対して、「定住生活」を開始したのはわずか1万年前であるという事です。

 

そもそもそれほど長い間一つの場所にとどまらない生活をしていたのに、なぜその時になって定住しようという発想になったのか。

 

いくつかの要素が本書では言及されていますが、主な要因として定置漁具と利用、温帯地域の拡大と植物性食料の安定的な供給が挙げられます。

 

定住生活を採用した人類のグループの共通した特徴として魚を主要な食料の一つとして食べていたという事実があります。

 

魚は冬の間でも安定して獲得することができ、網などの漁具に工夫を凝らすことで男性の労働力を裂かずに女性や子供でも行えるようになりました。

 

また、氷河期が後退したことで温暖な地域が拡大、マンモスなどの大型の動物がいなくなったことで人類は狩猟によって肉を得ることができなくなりました。その結果、魚や植物に依存した生活にシフトしていったと語られています。

 

ところで、現代のわれわれは「定住生活」は「遊動生活」の上位習慣というイメージを持っていると思います。

 

一部の人類学者も「人類史の大部分は定住したくてもできなかった時代であり、その間人類は非定住を強いられてきた」という意見を持っているそうです。

 

しかし本書の著者はその意見に懐疑的で、むしろ「本当は遊動生活がしたかったけどここ一万年は定住生活を強いられてきた」とまで語っています。

 

その理由として移住しながら生活するメリットに言及しています。

 

遊動生活はゴミ、争い、食料、天候、など様々な不都合な事から自身を遠ざけることができるのに対し、定住はこれらすべてを抱え込み、だましだまし発散しながら生活しています。

 

また定住することで冬の間は温暖なエリアに移動することができないため、それまでに多大な労力を投入して食糧を貯蔵しなくてはなりません。

 

こういった食料のコントロール、また定住化によって得られたエネルギーはともすれば抗争、環境悪化、人口増加などの原因として、現に社会問題と化しています。

 

隣の芝生は青く見える、ではないですがこう考えると「遊動生活」も捨てたものではないなと思います。

 

だから現代も遊牧の習慣を守っている民族が数が減っているとはいえ残っているのでしょうね。

 

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